文化・芸術

川端龍子~俳人であり画家でもあり

投稿日:2010年7月26日 更新日:

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【西馬込/文化】

川端龍子 かわばたりゅうし。1885年(明治18年)6月6日 – 1966年(昭和41年)4月10日享年80歳。戦前の日本画家、俳人。1959年(昭和34年)文化勲章受章。

弟(異母弟)は「ホトトギス」の俳人川端茅舍(ぼうしゃ)であり、龍子も「ホトトギス」同人であった。(出典:Wiki)

まさに画竜点睛のひと

没年の1966年(昭和41年)には、居宅に近い池上本門寺の大堂天井画として奉納すべく『龍』を描いたが未完のまま死去。後日、遺族の相談を受け龍子の遺作を実見した日本画家の奥村土牛は作品を激賞。奥村が画龍点睛して開眼の上、作品は大堂に奉納されました。

龍子記念館

1963年(昭和38年)には、喜寿を記念して、長年住んだ大田区に龍子記念館を設立し、自作を展示しました。館は、当初は社団法人青龍社が運営していましたが、1990年(平成2年)、同法人の解散とともに土地建物と龍子の作品は大田区に寄贈され、1991年(平成3年)からは大田区立龍子記念館として運営されています。館に隣接する龍子のアトリエと旧宅庭園も公開されています。(決められた時間しか入ることができませんのでご注意ください。)
また、龍子は自邸内に持仏堂を建てて古仏を安置していましたが、これらのうち重要文化財指定の1162年(応保2年)銘・毘沙門天立像は遺族により東京国立博物館に寄贈されているます。

西馬込と川端龍子

日本画の巨匠川端龍子は、明治四十二年、24歳の時、牛込矢来町より入新井村新井宿に移ってきました。この頃はまだ作品を認められてはいませんでしたが、挿絵を描いたり、国民新聞社に勤めたりして生計をたてていました。

大正二年に渡米した際ボストン美術館で日本画家に魅せられ龍子は油絵から日本画へと志向の転換を決意します。翌三年には、処女作「観光客」が東京大将博覧会に入選し、日本画家として、立つきっかけを掴みました。その後は次々と作品が認められ、大正9年現在の臼田坂下に住宅と画室を新築し、ここを御形荘と名付けました。

― 画人生涯筆一管 龍子―という句があるように画業に専念する人でしたが、唯一の趣味としての建築は龍子持ち前の器用さと熱心さを反映して素人の域を脱するものでした。龍子の記念館、屋敷内の建築はすべて龍子の意匠によるものです。(「馬込文士村ガイドブック」より)

川端龍子の代表作

『霊泉由来』 永青文庫蔵、1916年(大正5年)
『慈悲光礼讃(朝・夕)』 東京国立近代美術館蔵、1918年(大正7年)
『安息』 松岡美術館蔵、1919年(大正8年)
『土』 大田区立龍子記念館蔵、1919年(大正8年)
『芭蕉翁』 和歌山県立近代美術館蔵、1923年(大正12年)
『鳴門』 山種美術館蔵、1929年(昭和4年)
『請雨曼荼羅』 大田区立龍子記念館蔵、1929年(昭和4年)
『草炎』 東京国立近代美術館蔵、1930年(昭和5年)
『草の実』 大田区立龍子記念館蔵、1931年(昭和6年)
『山葡萄』 大田区立龍子記念館蔵、1933年(昭和8年)
『愛染』 足立美術館蔵、1934年(昭和9年)
『曲水図』 京都国立近代美術館蔵、1941年(昭和16年)
『洛陽攻略』 東京国立近代美術館蔵(無期限貸与) 1944年(昭和19年)
『爆弾散華』 大田区立龍子記念館蔵、1945年(昭和20年)
『千住大橋』 大田区立龍子記念館蔵、1955年(昭和30年)

作品

                                            「新樹の曲」 1932(昭和7)年

「南飛図」 1931(昭和6)年

「草の実」 1931(昭和6)年

                「爆弾散華」 1945(昭和20)年

ほかの作品:http://nishimagome.jp/archives/3025

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